敵味方を超えて 源氏・平家の物語 平安時代の終わり、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平氏。源氏の総大将の源頼朝から、平氏の追討を命じられた那須大八郎は兵を引き連れ、落人の後を追って険しい山々を越え椎葉の里にやってきました。かつて栄華を誇った面影はすでになく、息をひそめて山深い厳しい土地で暮らしている平氏の人々。もはや戦意を失い抵抗もしないと見た大八郎は、鎌倉幕府には討伐を終えたと報告を行い、この里で腰を落ち着けることにしました。とはいえ、かつては敵同士。平氏の守護神を勧請して椎葉厳島神社の創祀をしたほか、農業技術の手ほどきをするなど、平氏の気持ちをやわらげようとするうち、身の回りの世話をしていた平氏の姫君の鶴富と恋に落ちます。その幸せも束の間、鎌倉幕府より帰還命令が……。身籠っていた姫に「男児ならば我が故郷の下野の国へ、女児ならば手元に残すがよい」と告げると、別れを惜しむ暇もなく帰国の途につきました。そして、生まれた新しい命は、椎葉を治めた那須氏の先祖となったのです。
椎葉厳島神社 写真

椎葉厳島神社

石段を登りきるとすぐに目に飛び込んでくる、鮮やかな朱色の社殿。その美しさに荒い呼吸も静まりそう。古くは丹と呼ばれた朱色は水銀から生まれ、防腐剤の役目を果たすだけでなく、魔よけの意味を持つ。御祭神は市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)と素戔嗚命(スサノオノミコト)。

〒883-1601 宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良字上椎葉googlemap

0982-67-2221

椎葉厳島神社 神石
椎葉厳島神社 朱印
椎葉厳島神社 神石
鶴富屋敷 写真

鶴富屋敷

部屋が横に長く並んだ形式は、平安時代の建築様式である寝殿造りが起源と言われる。平地の少ない椎葉ではよく見かける形で、傾斜地を上手く利用できる。たっぷり日差しが降り注ぐ長い縁側に腰かけていると、ふと大八郎と鶴富姫が仲睦まじく寄り添う姿を想像してしまう。

〒883-1601 宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良字上椎葉

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0982-67-3139(椎葉村観光協会)

9:00〜17:00

椎葉民俗芸能博物館 写真

椎葉民俗芸能博物館

椎葉村で綿々と受け継がれてきた儀礼や慣習、芸能などの文化について、十二分に知ることができる。神楽の舞台の展示物では装飾のユニークさに感心したり、アジア各地に伝わる太鼓踊りと椎葉の臼太鼓踊りを比較して類似性に驚いたり、椎葉の文化の奥深さにため息が。

〒883-1601 宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良1822番地4

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0982-68-7033

9:00〜17:00(入館受付は16:30まで)

毎週月曜日(月曜日が国民の祝日の場合はその翌日が休館日)、年末年始(12/28~1/3)