660年、大国・唐に滅ぼされた百済は、再興をかけて倭国とともに白村江で戦いますが、大敗を喫し滅亡は決定的でした。百済の王族、禎嘉王(ていかおう)は逃れる途中、海上で悪天候に見舞われ家族と離れ離れになってしまったのです。運よく禎嘉王の一族は、日向の小丸川沿いにそれぞれ辿り着いていました。上流には禎嘉王、下流には福智王子と。福智王子は父の無事を知り再会を心待ちにしていました。「今会いに行くと、父上に身の危険が迫るかもしれない」考え直した王子は正月に祝いの餅を手にようやく父を訪ね、その後も、身を隠しながら人に頼んででも孝行を続けました。その姿に人々は深く心を打たれ、中でもドンタロさんと呼ばれる有力者は、陰になり日向になり禎嘉王親子を助けます。平和な日々は長く続かず、追っ手に居場所を知られた禎嘉王。急ぎ駆け付けた王子やドンタロさんの援護も叶わず、禎嘉王は矢傷が元で命を落としてしまいました。王族と里の人たちは丁重に禎嘉王を弔い、祠を建立してお祀りしました。王子はこれまでの恩情に報いようとさらに里のために尽くし、人々から篤く尊敬を受けたといいます。
神門神社 写真

神門神社

1300年以上続く師走祭りは、禎嘉王親子が再会する祭礼。約30のやぐらが燃え盛る中、比木神社から父を訪ねてきた福智王子の一行が厳かに進む様子は、壮大な歴史絵巻さながら。

〒883-0306 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷神門

googlemap

0982-59-1134

神門神社 鳥居
神門神社 朱印
神門神社 師走祭り
西の正倉院 写真

西の正倉院

門外不出の奈良の正倉院の原図を元に忠実に再現。百済王族の遺品と伝わる神門神社の宝物を展示し、中でも神門神社で発見された1003本の鉾が整然と並ぶ様は圧巻。最古の鉾には長禄3年(1457)とある。

〒883-0306 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷神門62番地1号

googlemap

0982-59-0556

9:30~16:30(入館は16:00まで)

木曜日

西の正倉院 鉾
大年神社 写真

大年神社

福智王子が母の之伎野妃(しぎのひ)を訪ねる、比木神社の御神幸祭「大年下り」の目的地。妃は大年神社の御祭神で参道近くに墓も。

〒884-0005 宮崎県児湯郡高鍋町持田3762番地1号

googlemap

0983-35-3499

伊佐賀神社 写真

伊佐賀神社

師走祭りでやってきた比木神社の一行を、ここで神門神社側が迎える。追っ手により福智王子の弟である華智王が討たれた場所である。

〒883-0213 宮崎県日向市東郷町下三ケ

googlemap
比木神社 写真
比木神社 朱印

比木神社

境内では福智王子の投げた杖が、チシャの大木となって威容を誇る。また由緒ありげな苔むした五輪塔は、王子の墓として地元で大切に守り続けられている。

〒884-0102 宮崎県児湯郡木城町大字椎木1306番地イ号

googlemap

0983-32-2854