愛宕神社 写真

愛宕神社

愛宕神社の奥宮に笠と笹の社紋が入った神前幕が掲げられているのは、神社が鎮座する愛宕山を古くは笠沙山、笠沙岬と呼んでいたから。古事記には、笠沙の御崎(みさき)でニニギがコノハナサクヤヒメと出会ったと記されている。愛宕山には、愛宕神社を含めて4社の神社があり、良縁を祈願する参拝者が後を絶たない。

〒882-0871 宮崎県延岡市愛宕山6112番地ロ号

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0982-32-2520(春日神社)

愛宕神社 朱印
愛宕山展望台 写真

愛宕山展望台

古くは笠沙山と呼ばれた愛宕山は、ニニギとコノハナサクヤヒメが出会った笠沙の御崎だとされる。展望台には二人で鳴らすと幸せになれるといわれる鐘や、南京錠を掛けて愛を誓うハート形のモニュメントがあり、デートスポットとして人気。「日本夜景遺産」にも選ばれている。

〒882-0871 宮崎県延岡市愛宕山

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北川陵墓参考地 写真

北川陵墓参考地

標高728メートルの可愛岳(ルビ えのたけ)の麓にあり、宮内庁により指定されている。日本書紀巻第二神代下に、ニニギは亡くなると「筑紫の日向の可愛の山陵に葬られた」とある。地元では毎年4月3日に御陵祭を開催。数百年前から続いている祭りで、神楽などが奉納される。

〒889-0102 宮崎県延岡市北川町長井西郷隆盛宿陣跡資料館googlemap

0982-46-2960

都萬神社 写真1

都萬神社

別名、妻萬宮。地元の人は「さいまんさま」と呼ぶ。この土地の妻という名は、ニニギがコノハナサクヤヒメに妻にしたいと申し込んだことからという。7月7日の更衣祭はニニギとの婚姻儀礼を再現したもので、男性神職がコノハナサクヤヒメの御神像のお顔に化粧を施す様子はほのぼのする。

〒881-0033 宮崎県西都市大字妻1番地

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0983-43-1238

都萬神社 写真2

「妻のクス」。災害に何度も遭いながらも、なお青々と茂る力強さにあやかりたい。

都萬神社 朱印
鬼の窟 写真

鬼の窟

オオヤマツミにコノハナサクヤヒメを嫁に欲しいと申し込んだ鬼。夜明けまでに大きな岩屋を造れたなら許そうという言葉を受けて、やすやすと完成してのけるが安心して寝てしまう。その隙にオオヤマツミは岩をひとつ抜き、鬼の望みはかなわなかった、という伝承がある。哀れな鬼はどうしただろう?

〒881-0005 宮崎県西都市大字三宅5670番地

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0983-42-0024
(西都原古墳群管理事務所)

男狭穂塚・女狭穂塚 写真
Ema

男狭穂塚・女狭穂塚

男狭穂塚(おさほづか)はニニギの陵墓、女狭穂塚(めさほづか)はコノハナサクヤヒメの陵墓と伝えられてきた。男狭穂塚は列島最大の帆立貝形古墳、女狭穂塚は九州最大の前方後円墳。全長はいずれも176m。11月の西都古墳まつりでは、ニニギとコノハナサクヤヒメの物語が炎の中、陵墓前で幻想的に繰り広げられる。

〒881-0005 宮崎県西都市大字三宅5670番地

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0983-42-0024
(西都原古墳群管理事務所)

記紀の道 写真

記紀の道

都萬神社を皮切りに全長4㎞にわたる散策路は、徒歩で1時間。途中、コノハナサクヤヒメが三兄弟を産んだ「無戸室(うつむろ)」や産湯に使った「児湯の池」などがあり、ニニギとコノハナサクヤヒメの物語の世界を追体験できる。多くの歴史遺産と豊かな自然が調和したこの道は2019年度グッドデザイン賞を受賞。

〒881-0005 宮崎県西都市三宅4941番地1

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0983-43-6230
(西都原ガイダンスセンターこのはな館)

銀鏡神社 写真

銀鏡神社

ニニギに送り返されたイワナガヒメ。鏡に映った自分の顔の醜さを嘆き、鏡を放り投げてしまう。遠くへ飛んだ鏡は龍房山の頂きに聳える大杉に引っかかり、西の方角にある麓の村を昼夜問わず明るく照らした。その村を白見と呼ぶようになり、後に鏡をご神体として祀った。御祭神はイワナガヒメとオオヤマツミ。

881-1232 宮崎県西都市大字銀鏡492番地

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0983-46-2123

銀鏡神社 朱印
Eri
米良神社 写真

米良神社

失意のイワナガヒメは龍房山の南側にしばらく留まった後、西米良の小川の地に移り住んだ。時が流れても悲しみは一向に癒やされることなく、イワナガヒメは深い淵に身を投げてしまう。憐れんだ村人が神山にイワナガヒメを祀って建てた社殿が、現在の米良神社の本殿であり、神山は今も女人禁制である。

〒881-1302宮崎県児湯郡西米良村大字小川988番地

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0983-37-1112